香川県と希少糖の物語|なぜ世界初の研究拠点になったのか

この記事のポイント(リード)
「希少糖」と聞いて、香川県を思い浮かべる方はまだ多くないかもしれません。しかし、希少糖の研究と実用化は、香川県の地から始まり、香川大学を中心に世界へ広がりました。江戸時代の砂糖文化から、1991年の偶然の発見、そして30年以上の研究蓄積を経て国際的な希少糖研究拠点になるまでのストーリーをお伝えします。
この記事でわかること
- 香川県が希少糖研究の中心地になった歴史的背景
- 何森健名誉教授による1991年の発見と、その後の歩み
- 産学官連携が築いた希少糖の実用化の道のり
- 香川と砂糖文化の深い結びつき
- 希少糖の故郷で生まれる新しい食品の世界
結論|「砂糖の地」が「希少糖の地」になった必然
Q. なぜ香川県が希少糖の研究拠点になったのですか?
A. 江戸時代から続く香川県の砂糖文化、香川大学で長く積み重ねられてきた糖研究の伝統、そして1991年に何森健教授が大学の土壌から偶然発見した微生物 ── これらが重なって、世界初の希少糖研究拠点が香川県に生まれました。
「香川県=うどんの県」という印象が強い方も多いでしょう。しかし、香川は古くから砂糖の産地として知られた土地でもあり、糖の歴史と密接に関わってきた場所です。希少糖が香川から生まれたのは、偶然ではありません。
① 「讃岐三白」と砂糖の歴史
江戸時代から続く香川と砂糖の関係
香川県(讃岐の国)は、江戸時代から「讃岐三白」と呼ばれる三つの特産物の地として全国に知られました。
- 砂糖:さとうきびから作る希少な国産糖
- 綿:温暖な気候で栽培された綿花
- 塩:瀬戸内海の塩田で作られた良質な塩
特に砂糖は、当時の日本では非常に貴重な存在で、香川産の砂糖は高級和菓子の原料として珍重されました。
「和三盆糖」という伝統
香川を代表する砂糖が「和三盆糖(わさんぼんとう)」です。さとうきびの汁を絞り、独特の精製法で作られる和三盆糖は、口どけのよさと繊細な甘さで知られ、現在でも京都や香川の高級和菓子に使われています。
300年以上にわたって受け継がれてきたこの砂糖文化が、香川大学農学部の糖研究の伝統的な土壌となりました。
② 香川大学農学部の糖研究の系譜
山中啓教授の研究(1968年頃〜)
香川大学農学部では、山中啓(やまなか けい)名誉教授を中心に、でんぷんから酵素を用いて、砂糖に代わる異性化糖を生産する研究が古くから行われてきました。これが現在の「砂糖代替糖」研究の出発点といえます。
この時代、糖といえば砂糖が圧倒的な存在で、「他の糖に注目する」ことそのものが先進的な発想でした。
何森健研究室の誕生
山中先生の糖研究のDNAは、何森健(いずもり けん)先生(1965年香川大学農学部卒業、1968年同助手)に受け継がれます。何森研究室では、微生物が生産する糖代謝関連の酵素とその利用について、じっくりと研究が続けられていました。
「冷遇された時代」を経て
何森先生の希少糖関連の研究は、開始当初から華やかに脚光を浴びたわけではありません。研究分野としてはマイナーで、評価される場面も限られていた時代があったといいます(『希少糖秘話』2013年)。
それでも研究は粛々と続けられました。
③ 1991年、運命の発見
香川大学農学部の食堂裏の土壌から
1991年(平成3年)、何森先生は香川大学農学部の食堂裏の敷地内から採取した土壌から、ある微生物を発見しました。その微生物は、果糖(フルクトース)をD-アルロース(当時はD-プシコースと呼ばれていた)に変換するD-tagatose 3 epimerase(D-タガトース3エピメラーゼ)という新しい酵素を持っていました。
これが、現在の希少糖研究の決定的な出発点です。
なぜ「運命的」なのか
それまで、希少糖は「自然界に微量にしか存在しない」素材でした。実験室で少量取り出すことはできても、産業として大量生産することは事実上不可能だったのです。
何森先生が発見した酵素は、「自然界に大量に存在する果糖から、酵素反応一つで希少糖を作る」道を開きました。これにより、希少糖が研究テーマから「実用素材」になる扉が開いたのです。
「希少糖」という言葉が生まれる
2000年頃、何森先生は研究を体系的に整理する中で「希少糖」という言葉を造語しました。マイナーな単糖たちをひとつのグループとして括る概念は、当時誰も使っていない、新しい発想でした。
何森先生は、講義の中でも学生に「造語のすすめ」を語っていたといいます。「希少糖」という言葉が一人歩きを始め、国際希少糖学会まで設立されることになるとは、最初は誰も想像していなかったでしょう。2018年には広辞苑第7版にも採録されました。
④ Izumoring(イズモリング)── 希少糖生産の設計図
2002年、戦略図を公表
2002年、何森先生は「Izumoring(イズモリング)」と呼ばれる希少糖生産の戦略図を公表しました。
この図は、六炭糖34種類すべてを酵素反応の関係でつないだ画期的なものです。
- 全34種類のヘキソース(六炭糖)が酵素反応で結合されている
- 全ヘキソースがD型とL型に左右対称に配置
- すべてのヘキソースがリングの中心を焦点とする点対称配置
- D型からL型への変換の入り口は4つのみ
Izumoringの意義
Izumoringが革新的だったのは、「どの糖からどの希少糖を作れるか」を一目で示す生産の設計図になったことです。これにより、希少糖の研究と生産が体系的に進められるようになり、現在の実用化につながりました。
「希少糖」という概念に、Izumoringという地図が加わったことで、研究者たちは迷わず探求を進められるようになったのです。
⑤ 産学官連携による実用化の歩み
2012年、香川県内での先行販売
2012年(平成24年)、希少糖含有シロップが香川県内で一般向けに先行販売開始。希少糖が研究室から食卓へと飛び出した、記念すべき瞬間です。
2013年、宇多津町に工場本格稼働
2013年(平成25年)、希少糖含有シロップの製造工場が香川県宇多津町で本格稼働。同年、全国一般向け販売が始まりました。
これにより、香川県は希少糖の「研究地」から「生産地」へと進化しました。
産学官連携の成功モデル
希少糖の実用化は、
- 産:松谷化学工業株式会社などの食品メーカー
- 学:香川大学農学部、希少糖研究センター
- 官:香川県(産業政策課を中心とした行政支援)
の三者が連携して実現したものです。日本の地方発の産学官連携の代表例として、各種表彰や政策研究の対象になっています。
2016年、国際希少糖研究教育機構の設置
2016年(平成28年)、香川大学が「希少糖研究センター」を再編整備し、全学体制で希少糖研究を推進する「国際希少糖研究教育機構」を設置。研究と教育の両面から、希少糖の未来を切り拓く拠点になりました。
2019年、世界へ
2019年(令和元年)には、
- 香川県内の事業者がD-アルロースを使用したスイーツの販売を開始
- メキシコにD-アルロースの製造工場が竣工
- D-アルロースの北米での販売開始
希少糖は、ついに香川から世界へ羽ばたきました。
2023年、機能性表示食品時代へ
2023年(令和5年)、
- 香川大学 国際希少糖研究教育機構が、第12回地域産業支援プログラム表彰事業(イノベーションネットアワード2023)の文部科学大臣賞を受賞
- D-アルロースの一般向け機能性表示食品の販売開始
研究の成果が「機能性」として認められた節目の年です。
⑥ 香川は今、何を目指しているのか
「希少糖の島」というブランド
香川県は今、「希少糖の島」「希少糖の故郷」というブランドを意識的に育てています。
- 県の産業政策課が希少糖産業の振興を推進
- 地元の食品メーカー・和菓子店が、希少糖配合商品を続々と開発
- 観光・教育の文脈でも希少糖がフィーチャーされる動きが広がっている
多様な希少糖の研究へ
アルロースの実用化は、希少糖研究の「第一章」です。香川大学では、
- D-タガトースを用いた農業用資材の研究(2020年成果発表)
- L-アラビノースなど他の希少糖の機能性研究
- 希少糖の医療・農業分野への応用研究
など、アルロースに続く希少糖の発掘と実用化が進んでいます。
地域の食品メーカーとの連携
香川県の食品メーカーや和菓子店は、希少糖を地元の素材として誇りに思い、自社商品に取り入れる動きが広がっています。「あんこの革新」もその一つで、香川県の工房で、希少糖アルロースを甘味設計の中核に据えた発酵あんこを製造しています。
これは単なる「材料調達」ではなく、地域の研究蓄積を、地域の食文化へとつなぎ直す試みでもあります。
なぜ香川県発の希少糖食品を選ぶ意味があるのか
研究の蓄積が、商品設計に反映される
希少糖の研究を最初から見守り、産業化を一緒に進めてきた地域だからこそ、香川県発の希少糖食品には、研究と現場の知恵が凝縮されています。
産学官のネットワーク
香川大学の研究者、地元の食品メーカー、香川県の行政が顔の見える距離で連携する環境は、他地域では真似できない強みです。新しい知見が、すぐに商品開発に反映される土壌があります。
「土地のもの」としての希少糖
和三盆糖が香川の伝統砂糖として愛されてきたように、希少糖もこれから「香川の特産品」として根づいていくでしょう。地域のアイデンティティと結びついた商品には、固有の物語と説得力があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 香川県以外でも希少糖は研究されていますか?
A. 研究は世界各地で広がっていますが、希少糖の中心拠点は今も香川大学・国際希少糖研究教育機構です。海外では米国・韓国などでも食品向け生産が進んでいます。
Q2. 何森健名誉教授は今も研究を続けていますか?
A. 何森健名誉教授は2016年から香川大学国際希少糖研究教育機構の研究顧問を務め、研究と教育に関わり続けています。著書『希少糖秘話』(2013年・希少糖文庫)は希少糖研究の歩みを物語る貴重な記録です。
Q3. 香川県を訪れて希少糖を体験できますか?
A. 香川県内の和菓子店・カフェ・スイーツ店で、希少糖配合商品を楽しめます。一部の施設では、希少糖の歴史や製造プロセスに関する展示もあります。香川大学農学部では、研究成果の一般向け公開も行われています。
Q4. 希少糖の生産は香川県だけで行われていますか?
A. 国内の生産拠点は香川県(宇多津町)が中心ですが、海外(メキシコなど)にも製造工場が展開しています。アルロースは「日本発の素材」として国際的な広がりを見せています。
Q5. 香川の和三盆糖と希少糖は関係がありますか?
A. 直接的な関係はありませんが、「香川と糖」という文脈では同じ系譜上にあります。和三盆糖の伝統が、香川大学の糖研究の土壌を育み、それが希少糖の発見につながった、という大きな流れの中で位置づけられます。
Q6. 希少糖は「香川県の特産品」と言えますか?
A. 香川県は希少糖の研究・生産・産業化の中心地で、新しい特産品として注目されています。県も「希少糖産業の振興」を政策として推進しており、土地に根ざしたブランドとして育っています。
Q7. 「香川大学発」という表現は、どこまで広く使えますか?
A. 香川大学発の研究を基礎技術として実用化された素材であれば、「香川大学発」と表現するのは事実に即しています。アルロース(アストレア)は産学連携で実用化された代表例です。
Q8. 香川県は今後どんな希少糖商品を生み出していきますか?
A. アルロース以外の希少糖(D-タガトースなど)の実用化、医療・農業分野への応用、機能性表示食品の拡充など、研究と商品開発の両面で広がりが期待されています。
Q9. 海外旅行者にも「香川=希少糖」は知られていますか?
A. 知名度は徐々に広がっていますが、まだ「うどん」のほうが圧倒的に有名です。希少糖を香川の新しい観光資源として育てる動きも進んでいます。
Q10. 「あんこの革新」が香川県で生まれた背景は?
A. 香川県は希少糖の故郷で、地元の研究蓄積と素材へのアクセスが豊富にあります。この環境を活かし、北海道産小豆の良さと香川の希少糖アルロースを組み合わせた新しい発酵あんこを設計するために、香川県の工房で生産されています。地域の研究と食文化を、ひと瓶の発酵あんこに凝縮する試みです。
まとめ|30年以上の積み重ねが、ひとさじの希少糖になった
- 香川県は江戸時代から砂糖の産地で、和三盆糖の伝統を持つ
- 1991年、香川大学・何森健教授の発見が希少糖研究の出発点
- 2002年公表のIzumoringが、希少糖生産の体系を確立
- 2012〜2013年、香川県宇多津町から希少糖の実用化が始まった
- 2016年「国際希少糖研究教育機構」、2023年「機能性表示食品」と発展
- 「希少糖の故郷・香川」は、地域ブランドとして育ち続けている
「あんこの革新」は、希少糖の故郷・香川県の工房で生まれた発酵あんこです。30年以上の研究蓄積と、地域の食文化が凝縮されたひとさじを、ぜひお試しください。
参考・関連
- 香川県「香川における希少糖研究等の歩み」|https://www.pref.kagawa.lg.jp/sangyo/kisyoto/about/history.html
- 香川大学農学部「香川大学発の希少糖」|https://www.ag.kagawa-u.ac.jp
- 農林水産省「大量生産を実現した香川大学の希少糖」|https://www.maff.go.jp
- 何森健『希少糖秘話』希少糖文庫(2013)
- 何森健・深田和宏「希少糖とその歴史」Glycoforum 27 (2023)
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記事監修・更新
更新日:2026年5月/執筆:あんこの革新 編集部